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楓舎小屋便り2008/5/4 六十五年間の問いこの二十五年間で一番早い春を迎えています。コブシもサクラもほぼ同時に例年より十日も早く咲き、夏のような日が続きました。他の草木も早々と芽吹いています。当たり前とは思えない気候に戸惑いますが、こうして新しい命が次々と姿を現すと春という季節も悪くないなあと感じます。
さて岩波のPR紙「図書」四月号で鶴見俊輔が痛切な思いを短い文で述べています。太平洋戦争が始まって二年目の春、1942年5月にアメリカからの交換船になぜ乗って日本に帰ってきたのか、その事を述べたものです。彼にとって「くに」というのは生まれて以来日本語を使い生きた土地、共に生きていた家族、友だち、それこそが「くに」というものなのであり、こういう「くに」とともに負ける側に居たいと思ったそうです。「敵国家の捕虜収容所にいて食い物に困る事のないまま生き残りたい、とは思わなかった。」ただ重要な事は、彼は長く「日本国民だから日本国の考え方に従わなければならない」とは考えていない。ここを六十五年間問い続けているのです。小田実らと始めたベ平蓮の運動もこの一環でした。お粗末な話ですが1972年から73年にかけて、共に黒いヘルメットをかぶってベトナム戦争反対のデモをさかんにしていたのに、私はこの事をよく判っていなかったのです。「ただものではない」と眺めているだけでした。 その後大学を卒業して三十年余り、私はこの基本的な問いを忘れていたようです。「不必要に原子爆弾を二個も落とした米国の言いなり」になっている日本という国と私の本当の関係はなにか。鶴見俊輔の65年間の問いは単に彼の個人的な出来事なのではなく、私にもいささかの因縁を持ってせまるものです。
2008/3/4 幻想の終わり久しぶりに寒い冬でした。雪が極端に少ない冬でした。何年かぶりに激しい吹雪が何度もありました。うーむ、冬らしい寒さと言えばいえますがこの雪の少なさは異常です。これからまだ降ることはあるでしょうが既に春の雪となります。妙に寂しいような拍子抜けのような気分です。
外はかくのごとく寒かったのですが、室内では上の写真のように小さな植物が元気に過ごしています。妻がこまめに水をやり肥料をやり台所の窓辺にささやかなうるおいをもたらしてくれました。 ところで2008年が明けても昨年から続く社会のほころびはとどまるところを知りません。もはや政治、経済、社会などという枠を超えてこの国そのものが沈没しつつあるように感じます。明治以来「勤勉な日本人」が築いてきた「日本」というシステムがあらゆる点でその限界にきています。教育も自衛隊も社会保障も企業も、そして個々人の価値までもがそうです。これはいったいなんなのかと気が遠くなりそうです。 以前イラク戦争が始まったときに書きましたが、人類が積み上げてきたと思っていた知性なんて所詮幻想だったのだと私は確信を深めています。今頃そんなことに気づいたのかと言われそうですが、そのことが具体的にこの国で始まっているのだと考えています。例えば自衛隊です。太平洋戦争で負けてから憲法ではいかなる軍も持たないことにしていますが、政治は考えうるあらゆるへ理屈で自衛隊の存在を正当化してきました。ここへきてこれ以上は無理だから憲法を変えようなどということになっています。その前提にしているのが「文民統制」ですがこれがいかに機能しないものであるか、今回のイージス艦の衝突事故で証明されてしまいました。 武器を持つということは、最初は抑止のためであっても「自衛のため」なら結局は使います。それが武器の本質です。持っていれば使いたくなるのが武器です。「国を守る」ための道具を持つのは当然ではないかという議論がありますが、それは武器だけではない。私たちの憲法が目指している精神は例えば「外交」という道具を(言い換えると知性ということになりますが)使って国を守るのだということでしょう。それを目指したことは果たしてこれまであったのかと言えば、ない。アメリカの都合で簡単に自衛隊を作り今またアメリカの都合で簡単に海外に派遣している。自分たちの憲法を真剣に考えた政治というものを私たちは持ったことがないのですね。 国家なんてそんなもんだとして、では私たち一人一人はどうかといえば「そんなことより金」で戦後60年余り生きてきました。その挙げ句の果てが食品偽装であり年金未払いという国家の詐欺でありホリエモンや村上などという守銭奴です。こんなものが欲しくて私たちは勤勉に生きてきたのかと考えてみれば、勤勉で従順なだけでは憲法を生かすことはできないことが判ります。 「国」や「会社」や「学歴」や「肩書き」などすべてのものやことに持っていたのは実は幻想でしかなかったことに気がつく時が来ています。野放しの欲望に振り回される生き方は本当に自分の望んでいることなのか、人類は本当に滅亡してはいけないのか、ついでに地球はだめになるのが宿命ではないのかということなんかを真正面から考える時が来ています。一人では生きられないというのは本当か。大学は友達を作るところだなんて本当か。金があれば幸せならスティーブ-ジョブズは本当に幸せか。幸せとは何か。歴史のある場所に生まれただけでなんだか上等な人間だと感じてしまうのは間違いか。実はこれらすべては幻想なのではないか。という具合にですね。全部幻想なんですけどね。ピース!
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